初場所で優勝争いをし幕内で一番下の番付で、初優勝を果たした徳勝龍 誠。
決め手は正攻法の寄り切りで決め、涙ぐんで勝ち名乗りを受けた。
優勝した徳勝龍誠(33)の本名や出身、プロフは?
徳勝龍 誠(とくしょうりゅう まこと)
身長181cm、体重184kg。
本名は青木 誠(あおき まこと)。
小学4年のとき橿原市のけはや道場で相撲を始め、中学からは大阪府岸和田市の右門道場へ通った。
l高校は相撲の名門校でもある明徳義塾高校に進学。
高校2年生でインターハイ団体優勝を経験し、個人では2年生の時に国体16強、3年時に金沢大会8強などの成績を残した。
大学は近畿大学経営学部進学し、学生横綱にはなれなかったものの西日本学生相撲選手権大会、全国大学選抜相撲高知大会で優勝するなどした。
明徳義塾高校の同級生には栃煌山、1年後輩には千代桜、1年先輩には出羽鳳がおり、近畿大学での同級生には宝富士、1年先輩には誉富士がおり、宝富士とは同じ経営学部出身である。
大学4年生のときに木瀬部屋に入門し、2009年1月場所で初土俵を踏んだ。
2011年1月場所から四股名を本名の青木から徳勝龍に改名し、同年9月場所で東幕下筆頭で5勝2敗で勝ち越し11月場所での十両昇進を果たした。
2016年6月に結婚。
2017年九州場所以降、2019年の夏場所以外は十両での土俵が続いていた。今場所が4場所ぶりの幕内復帰だった。
徳勝龍 誠の優勝インタビュー
「自分なんかが優勝して、いいんでしょうか」
「実は優勝をめっちゃ意識してました。バリバリ、優勝インタビューの練習もしてました」
「監督が、見てくれてたんじゃなくて、一緒に土俵にいて戦っていてくれたような、そんな気がします」
ずっといい報告がしたいと思って、それだけで頑張れました。本当、弱気になるたんびに、監督の顔を思い浮かべました」
「いつもは照れ臭くて言えないですけど、お父さん、お母さん、生んで、育ててくれてありがとうございます」
18日急逝した近大相撲部の恩師・伊東勝人監督に恩返しとなる最高のプレゼントになった。
【徳勝龍の初場所決まり手】
初日 寄り切り○千代翔馬(九重)
3日目 押し出し○栃煌山(春日野)
4日目 寄り倒し○霧馬山(陸奥)
5日目 押し出し○東龍(玉ノ井)
6日目 引き落とし○照強(伊勢ケ浜)
7日目 寄り切り○琴恵光(佐渡ケ嶽)
9日目 寄り切り○剣翔(追手風)
10日目突き落とし○千代丸(九重)
11日目突き落とし○碧山(春日野)
12日目突き落とし○輝(高田川)
14日目突き落とし○正代(時津風)
徳勝龍の番付は西前頭17枚目で、42人いる幕内力士では一番下のため“幕尻”と呼ばれる。この幕尻力士の優勝は2000年春場所の貴闘力以来、史上2度目の快挙となった。
33歳5カ月の初優勝は3位の年長記録(1958年以降)。
奈良県出身の力士としては1922年の鶴ケ浜以来98年ぶりの優勝となった。
徳勝龍は殊勲賞、敢闘賞も受賞した。三賞初受賞は4番目の年長となった。
みんなの声
徳勝龍関、本当に優勝おめでとうございます。大相撲で久々に感動しました。人生は頑張れば、何かしらの花が咲くと教えて頂きました。ありがとうございます。
見事な相撲だったよ。 とてもこれまで幕内と十両のエレベーター力士だったとは思えないぐらい、力強い相撲だった。 大一番であれだけの相撲とれるんだから、もっと活躍していい力士だよ。
今日の貴景勝との一番も強かったし、優勝インタビューを聴いていて思わずほっこりしてしまいました。初優勝おめでとうございます。来場所以降のさらなる活躍を期待しています。
初めての千秋楽結びの一番、しかも自らの優勝がかかった大一番で、千秋楽結びの一番にふさわしい、手に汗握る見事な取り組みを見せてくれた。 毎場所楽しみに観てるけど、大相撲でここまで感動したのは久しぶり。
貴景勝との一番は、どちらが大関か分からないような素晴らしい取組でしたね。 優勝インタビューの四方へのお辞儀も、謙虚で素晴らしかったです。
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